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シンプル・ライフ

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深い闇

kabe
「深い闇」


 アパートの薄いドアがバタンと大きな音をたてて閉まる、外から聞こえるお母さんが階段を下るカンカンカンって怒りの混じった高い靴音が少しずつ小さくなっていく。
 僕の頭は床に打ち付けられてズキズキとまだ痛む。
 次にお母さんの姿を見るのは何日後なんだろう、僕がいい子にしていたら今日にでも帰ってきてくれるのかな。
 お母さんは、僕を叩いたり蹴ったり、時には暗くて狭い押入れに閉じ込める。
 でもそれは、僕がいい子ではないから躾なんだって言ってた。
 いい子になるにはどうしたら良いのか判らない僕は、お母さんと一緒に居ると嬉しいから色んなことを話しかけるんだ。
 普段のお母さんは、優しくて僕の話もちゃんと聴いてくれるし、時々ホットケーキやクッキーを作ってくれたりもする。
 でも、辛くて悲しいことがあったり、お酒を飲んでいる時に僕がいつものように話しかけると、お母さんは「うるさい」と言って僕の頬をぶつ。
 僕は、お母さんが幸せになろうとしているのに、それを邪魔する悪い子だからぶたれても仕方ないんだって。
 今日の僕も悪い子だからお母さんに何度か殴られた。床にゴンって頭をぶつけた僕を見てお母さんは言うんだ「あんたなんか産まなきゃ良かった。あの男に騙されたんだ」って。
 これは、暗くて深い憎しみのこもった、僕にかけられる呪いの言葉。躾をするときにお母さんにいつも聞かされる。
 言葉の意味なんて判らないけど、僕を深い闇に落とそうとしているのだけは判る。そこは本当に真っ暗で、寂しくて怖い場所なんだよ。何度も僕はその中に引きずりこまれそうになるんだ。
 ずいぶん前に、お母さんのお母さんって人がやって来て、僕を引き取るって言い出した事があった。
 そしたら、お母さんは「この子が必要だから連れていかせない」って言って僕をぎゅっと抱きしめてくれたんだよ。
 その時のお母さんの手は、暖かくて優しくて僕を幸せにしてくれたんだ。
 だから僕は闇に飲み込まれそうになると、その言葉と普段の優しいお母さんの姿を一生懸命思い出すんだ。
 でも、もう僕の耳には優しいお母さんの声は聞こえないし、瞳には綺麗なお母さんの顔は映らない。
 僕はかくれんぼが下手だから、とうとう闇という鬼につかまってしまったんだ。
 このまま何処へ連れて行かれるんだろう。もう戻ってこれないのかな?お母さんは悲しんでくれるのかな?
 判らない、もう何も考えられない、生まれて来たのが良かったのか悪かったのか、僕が必要な子なのか要らない子なのか。
 そして、お母さんが悪い人なのかも・・・。
 深い深い闇はとうとう僕を、全部飲み込んでしまったんだ。
 




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